1985.8.13 読売ジャイアンツ×阪神タイガース@後楽園球場
T 220 001 000│5
G 140 000 12X│8
これまで何試合もプロ野球の試合を球場で観戦していて、それだけ観戦していれば印象に強く残っている試合もあれば、あまり覚えてない試合もある。その中で印象に残っている試合の一つが生涯唯一の後楽園球場での野球観戦。当時はまだドラゴンズファンからジャイアンツファンになり切ってない頃だったと思うので、試合内容については、そんなに覚えてないが、土のナゴヤ球場と比べて、人工芝の後楽園球場はとてもキラキラしていて、都会の洗練された球場という印象を受けたことは、今でもけっこうハッキリ覚えている。
この日は、試合開始に間に合わず2回表に着いたのだが、到着した直後に誰かにホームランを打たれて3点差に広げられ、気落ちしたことを覚えている。ただ、その後、どうやったのかは覚えてないが逆転して、巨人の勝利。初にして唯一の後楽園球場観戦は、勝ち試合だった。
その日のスタメンと継投がこちら。
阪神
右 真弓
中 吉竹
一 バース
三 掛布
二 岡田
左 佐野
遊 平田
捕 嶋田宗
投 池田-藤原-福家-山本和-中西
巨人
左 松本
二 篠塚
中 クロマティ
三 原
一 中畑
右 吉村
捕 山倉
遊 岡崎
投 加藤初-宮本-鹿取-角-斎藤雅
記憶にあった2回表のホームランは真弓。この時代としては珍しく両チームで10人もの投手が出てくる忙しい試合で、この時代を象徴するようなレジェンドクラスのリリーバーをこんなにまとめて観ていたとは自分でも驚き。そして、90年代にプロ野球界を代表する大エースとなる斎藤まで観てたとは。もしかして、この頃はオーバースローの時代かな。
ただ、これを調べてて何よりも驚いたのはその観戦日。何と、あの日航ジャンボ機墜落事故の翌日である。そんな日だったのか。分かった時には、ちょっと鳥肌が立った。周知のとおりあの事故では阪神タイガースの球団社長が犠牲になっていて、この試合は阪神にとっては事故後最初の試合。そんな重大な局面での試合だったとは。
こうやって振り返ってみると、新たな発見があるかも知れない。他の記憶に残っている試合についても調べてみようかな。
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